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エピソード 1:「神戸とバラ~神戸バラ会の誕生と街頭バラ園の展開」

神戸市のバラ栽培の歴史は古く、まだ日本でバラがあまり普及していなかった頃、松方コレクションで有名な松方氏などが直接海外からバラを輸入し、神戸の別荘で栽培されていました(宝塚市の園芸業者の初代阪上勘右衛門氏談*1)。

戦後、講和条約*2の際にアメリカから送られてきた品種「ピース」*3を見て、その驚きの進歩に全国でバラ・ブームが起こり、日本の各都市にバラ会が誕生したのです。神戸市では、昭和27年から大丸神戸店*4で年2回のバラ展が開催され、そして、昭和29年に神戸バラ会が結成されます。その中心は筑紫六郎氏(神戸生絲)で、結成メンバーには桑原泰業氏(神戸銀行)、奥谷惟之氏(二楽園)がいました。大丸神戸店でのバラ展は、バラ先進国アメリカの神戸の姉妹都市シアトル*5から認められていたことを以前奥谷氏から聞いてはいましたが、私が神戸市のバラと関わることになるのはまだ先のことです。

さて、私とバラの関わりは高校時代に遡ります。六甲高校在学中にアルバイトをしていた二楽園で奥谷氏と面識を得たこともあり、昭和25年に日本ばら会関西支部*6の研究会に同期生の増田氏と一緒に行った記憶があります。しかし、バラと本格的に関わるようになったのは大学生になってからで、浪速大学(現・大阪府立大学)に入学後、昭和27年に新伊丹(伊丹市)にあった同会関西支部の試験場を訪ねたことがきっかけです。当時芦屋市在住の先輩栗田寛二氏から紹介された金子氏(栗田氏同期生)が同会関西支部長をされていた寺西致知氏の甥だったので、昭和30年に大学を卒業後、私は同会関西支部に勤め始めました。そこでバラを介して全国を飛び回っていましたが、神戸市のバラとの接点はまだありませんでした。

昭和30年代の神戸市には本格的なバラ園はまだなかったのですが、前述の神戸バラ会の働きかけ*7で、昭和36年に県庁前に街頭バラ園として山手街園(通称・山手バラ園)が、同38年には本山街園(同・本山バラ園)が続けて建設されました*8。その後は高塚公園、須磨離宮公園、布引ハーブ園と広がっていきます。その間の昭和54年に神戸市のバラの啓発普及に多大な貢献をしてきた神戸バラ会は解散します*9。その同会解散後になって、いよいよ私は神戸市のバラと本格的に関わるようになりました。

神戸バラ会解散の翌年(昭和55年)、須磨離宮公園に神戸市街頭バラ園造成基金協会*10の記念バラ園*11が造成され、私はそのバラ園の品種選定をしました。これが神戸市のバラとの関わりの始まりです。続いて、街頭バラ園では神戸市主催の剪定講習*12で関わり始め、震災後の平成13年には道路改修で新たに設計された本山街園の品種選定と植替え用に抜いたバラの古株を市民へ配布するお手伝いをしました。

私がバラに関わるようになって、かれこれ早や60有余年。さらに神戸市のバラと関わるようになっても約40年の長い年月が経ちましたが、そもそもなぜ私がバラに魅了されたのか?それはまた別の機会にお話しすることにしたいと思います。

 

【藤岡友宏氏プロフィール】

昭和30年 浪速大学(現・大阪府立大学)農学部園芸科卒業

同  年 日本ばら会関西支部入社、試験場主任、営業部長を歴任

昭和54年 日本初の園芸コンサルタントとして独立し、現在に至る

 

参考)

1.二楽園綜合園芸株式会社(現・株式会社二楽園)「創業80周年記念誌」

2.神戸市ホームページ・建設局公園砂防部管理課(現・建設局公園部管理課)「美緑花

ボランティアだより2009年秋冬第7号」

注釈)

*1 当時出入りの庭師だった阪上元右衛門氏が、バラの枝を貰って来て、接ぎ木をしたの

が、宝塚市山本でのバラ栽培のはじまりとなった。

*2 1951(昭和26)年にサンフランシスコで締結された日本国との講和条約、通称サンフラ

ンシスコ講和条約のこと。

*3 バラの園芸品種。作出年1942年、作出国フランス、作出者メイヤン(メイアン)。モダンローズ(四季咲き性)のハイブリッドティー(大輪咲き)系。黄色にピンクを帯びた花。1976年、第3回世界バラ会連合世界大会(世界バラ会議)のオックスフォード大会で、初めて「バラの殿堂」入りした品種です。第二次世界大戦後の1945年に平和を願って命名された名花(一般に作出年が1945年とあるのは、アメリカのコナード・パイル社の発売年度)。当園には中門広場の「バラの歴史と文化園」と「世界殿堂入りバラ園」に植栽しています。

*4 現・大丸松坂屋百貨店大丸神戸店。

*5 神戸とシアトルは昭和32年に姉妹都市提携。

*6 日本ばら会は昭和23年に発足(同会ホームページより)。関西支部は同会のすすめで、翌24年に寺西致知氏を中心に結成された。同会関西支部がのち伊丹バラ園となる(現イタミ・ローズ・ガーデン)。

*7 「市民が身近にバラを楽しめるように」と神戸市に働きかけて建設されました。

*8 これら街頭バラ園は、神戸バラ会会員のみなさんがボランティアで維持管理されていました。

*9 その後新しい神戸バラ会が桑原氏により再結成され、藤岡氏には昭和57年5月に2日間

神戸市北野のローズ・ガーデンでバラ展を開催した記録が残っているそうです。また、桑

原氏の依頼で同会のお手伝いをするようになったそうですが、残念ながら、再結成の年や

現在の活動は記録がなく不明とのことです。

*10 神戸市街頭バラ園造成基金協会は、昭和39年に会長筑紫六郎氏の寄付をもとに発足し

ました。神戸バラ会とともに長年にわたって街頭バラ園を育成してきましたが、昭和54

年に同会とともにその活動を終え、神戸市に引き継がれました(現在街頭バラ園は神戸市

が維持管理しています)。

*11 神戸市街頭バラ園造成基金協会の解散にあたり、須磨離宮公園の中門広場に同協会記念

バラ園(10種475本)として同協会の基金で造成されました(現「バラの歴史と文化園」)。

その後須磨離宮公園では、「王侯貴族のバラ園」と「世界殿堂入りバラ園」を造成し、神

戸市のバラ園のひとつとして、バラの啓発普及を行っています。現在春と秋のバラの時期

には、藤岡氏を講師に招き、バラの育て方教室を開催しています。

*12 花と緑のまち推進センターと神戸市では、現在も藤岡氏を講師に街頭バラ園(山手、

本山)と高塚公園バラ園で冬季と夏季に毎年剪定講習を開催しています(詳細は同

センターホームページでご確認ください)。

 

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