須磨離宮公園50周年【1967-2017】 特別寄稿~藤岡氏が語る『バラと神戸に関わって』

2016.11.01



神戸のバラ園の系譜を継ぐ須磨離宮公園は、平成29年5月

に開園50周年を迎えます。これを記念して、神戸市とバラにつ

いて藤岡友宏氏が寄稿くださいました。藤岡氏は、関西だけで

はなく国内有数のバラの専門家です。

エピソード1:

 「神戸とバラ

  ~神戸バラ会の誕生と街頭バラ園の展開」

 神戸市のバラ栽培の歴史は古く、まだ日本でバラがあまり普及し

ていなかった頃、松方コレクションで有名な松方氏などが直接海外

からバラを輸入し、神戸の別荘で栽培されていました(宝塚市の園

芸業者の初代阪上勘右衛門氏談*1)。

 戦後、講和条約*2の際にアメリカから送られてきた品種「ピース」

*3を見て、その驚きの進歩に全国でバラ・ブームが起こり、日本の

各都市にバラ会が誕生したのです。神戸市では、昭和27年から大

丸神戸店*4で年2回のバラ展が開催され、そして、昭和29年に神

戸バラ会が結成されます。その中心は筑紫六郎氏(当時・神戸生

絲)で、結成メンバーには桑原泰業氏(同・神戸銀行)、奥谷惟之

氏(二楽園)がいました。大丸神戸店でのバラ展は、バラ先進国

アメリカの神戸の姉妹都市シアトル*5から認められていたことを

以前奥谷氏から聞いてはいましたが、私が神戸市のバラと関わ

ることになるのはまだ先のことです。

 さて、私とバラの関わりは高校時代に遡ります。六甲高校在学

中にアルバイトをしていた二楽園で奥谷氏と面識を得たこともあ

り、昭和25年に日本ばら会関西支部*6の研究会に同期生の増

田氏と一緒に行った記憶があります。しかし、バラと本格的に関

わるようになったのは大学生になってからで、浪速大学(現・大

阪府立大学)に入学後、昭和27年に新伊丹(伊丹市)にあった同

会関西支部の試験場を訪ねたことがきっかけです。当時芦屋市

在住の先輩栗田寛二氏から紹介された金子氏(栗田氏同期生)

が同会関西支部長をされていた寺西致知氏の甥だったので、

昭和30年に大学を卒業後、私は同会関西支部に勤め始めまし

た。そこでバラを介して全国を飛び回っていましたが、神戸市と

の接点はまだありませんでした。

 昭和30年代の神戸市には本格的なバラ園はまだなかったの

ですが、前述の神戸バラ会の働きかけ*7で、昭和36年に県庁

前に街頭バラ園として山手街園(通称・山手バラ園)が、同38年

には本山街園(通称・本山バラ園)が続けて建設されました*8

その後は高塚公園、須磨離宮公園、布引ハーブ園と広がって

いきます。その間の昭和54年に神戸市のバラの啓発普及に多

大な貢献をしてきた神戸バラ会は解散します*9。その同会解

散後になって、いよいよ私は神戸市のバラと本格的に関わる

ようになりました。

 神戸バラ会解散の翌年(昭和55年)、須磨離宮公園に神戸

市街頭バラ園造成基金協会*10の記念バラ園*11が造成され、

私はそのバラ園の品種選定をしました。これが神戸市のバラ

との関わりの始まりです。続いて、街頭バラ園では神戸市主

催の剪定講習*12で関わり始め、震災後の平成13年には道

路改修で新たに設計された本山街園の品種選定と植替え用

に抜いたバラの古株を市民へ配布するお手伝いをしました。

 私がバラに関わるようになって、かれこれ早や60有余年。

さらに神戸市のバラと関わるようになっても約40年の長い年

月が経ちましたが、そもそもなぜ私がバラに魅了されたのか

?それはまた別の機会にお話しすることにしたいと思います。

【藤岡友宏氏プロフィール】

昭和30年 浪速大学(現・大阪府立大学)農学部園芸科卒業

 同 年  日本ばら会関西支部入社、試験場主任、園芸部長

           を歴任

昭和54年 日本初の園芸コンサルタントとして独立し、現在に

       至る

参考)

 1.二楽園綜合園芸株式会社(現・株式会社二楽園)「創業80

  周年記念誌」

 2.神戸市ホームページ・建設局公園砂防部管理課(現・建設

  局公園部管理課)「美緑花ボランティアだより 2009年秋冬

  第7号」

注釈)

 *1 当時出入りの庭師だった阪上元右衛門氏が、バラの枝を

   貰って来て、接ぎ木をしたのが、宝塚市山本でのバラ栽培

   のはじまりとなった。

 *2 1951(昭和26)年にサンフランシスコで締結された日本国と

   の講和条約、通称サンフランシスコ講和条約のこと。

 *3 バラの園芸品種。作出年1942年、作出国フランス、作出者

   メイヤン(メイアン)。モダンローズ(四季咲き性)のハイブリッ

   ドティー(大輪咲き)系。黄色にピンクを帯びた花。1976年、

   第3回世界バラ会連合世界大会(世界バラ会議)のオックス

   フォード大会で、初めて「バラの殿堂」入りした品種です。第

   二次世界大戦後の1945年に平和を願って命名された名花

   (一般に作出年が1945年とあるのは、アメリカのコナード・パ

   イル社の発売年度)。当園には中門広場の「バラの歴史と

   文化園」と「世界殿堂入りバラ園」に植栽しています。

 *4 現・大丸松坂屋百貨店大丸神戸店。

 *5 神戸とシアトルは昭和32年に姉妹都市提携。

 *6 日本ばら会は昭和23年に発足(同会ホームページより)。関

   西支部は同会のすすめで、翌24年に寺西致知氏を中心に

   結成された。同会関西支部がのち伊丹バラ園となる (現イ

   タミ・ローズ・ガーデン)。

 *7 「市民が身近にバラを楽しめるように」と神戸市に働きかけ

   て建設されました。

 *8 これら街頭バラ園は、神戸バラ会会員のみなさんがボラン

   ティアで維持管理されていました。

 *9 その後新しい神戸バラ会が桑原氏により再結成され、藤岡

   氏には昭和57年5月に2日間神戸市北野のローズ・ガーデン

   でバラ展を開催した記録が残っているそうです。また、桑原

   氏の依頼で同会のお手伝いをするようになったそうですが、

   残念ながら、再結成の年や現在の活動は記録がなく不明と

   のことです。

 *10 神戸市街頭バラ園造成基金協会は、昭和39年に会長筑紫

   六郎氏の寄付をもとに発足しました。神戸バラ会とともに長

   年にわたって街頭バラ園を育成してきましたが、昭和54年に

   同会とともにその活動を終え、神戸市に引き継がれました

   (現在街頭バラ園は神戸市が維持管理しています)。

 *11 神戸市街頭バラ園造成基金協会の解散にあたり、須磨離

   宮公園の中門広場に同協会記念バラ園(10種475本)として

   同協会の基金で造成されました(現「バラの歴史と文化園」)。

   その後須磨離宮公園では、「王侯貴族のバラ園」と「世界殿

   堂入りバラ園」を造成し、神戸市のバラ園のひとつとして、バ

   ラの啓発普及を行っています。現在春と秋のバラの時期に

   は、藤岡氏を講師に招き、「バラの育て方教室」を開催してい

   ます。

 *12 花と緑のまち推進センターと神戸市では、現在も藤岡氏を

   講師に街頭バラ園(山手、本山)と高塚公園バラ園で冬季と

   夏季に毎年剪定講習を開催しています(詳細は同センター

   ホームページでご確認ください)。